金曜日は、娘がかねてより授業の合間に練習を重ねていたクラス対抗「弁論・コーラス大会」の開催日。
何故、弁論大会とコーラス大会がジョイントで開催されるのかはわからないが、きっとイベントはなるべくタイトにするためなのだろう。
弁論大会には全員が書いた朗読作文を各自クラスで発表し、クラスメイトの投票の結果一人選出してクラス対抗するというもの。
彼女のクラスからは、この夏に父親を亡くしたMさんの書いた「かけがえなきもの」というタイトルが選ばれ、Mさん自らが壇上に立つことになった。中学一年生、胸弾ませ新しい学校に入学し、その直後父親が急逝。ご家族の痛みは如何ばかりであろう・・・。残された家族の絆や父親に対する想いを語る内容の文章には聴く人の胸を打つことだろう。
さて、引き続き始まるコーラス大会だが、娘は音楽部に所属し合唱を日頃やっていることもあり、ソプラノのパートリーダーとしてずっとクラスメイトの指導にあたっていた。朝も6時台の電車に乗り早朝練習に出かけたり、放課後も残ってクラス全員で心をひとつにして「課題曲・自由曲」の二曲を練習していたようだ。
「結構いい感じにまとまってきたんよ!」と嬉しそうに「優勝」を目指してイキイキと頑張る姿はほほえましくもあった。
さ~て、明日はいよいよその大会本番・・・という日の夜中。娘は何度も「嘔吐」した。あちゃ~「今流行中の嘔吐下痢症か?ロタウイルスの仕業かノロウイルスの仕業か?」と青くなった(汗)。本番は明日の朝である。
具合が悪そうな娘に言った。
「ねえ、折角頑張ってきたけど、その調子じゃ歌うのは無理だし学校も無理だよ。先生に事情を伝えるから休みなさい」
青白い顔をして娘は答えた。
「いいや、絶対行く!これまで皆勤賞で休まず学校に行ったし、みんなも私が行かなきゃ不安だろうし、全員でステージに立つの!」
心配なので開始時間になる頃、学校に様子を見に行った。講堂を目指してエレベーターに乗ったところで担任の先生とばったり会った。
「あら!亀山さんのお母さん、ちょうど良かったです、今、講堂で倒れて保健室に運ばれたらしいんです」
ええっ???やっぱり無理だったんだわ。
急ぎ二人で保健室へ。そこには唇の色も悪く、一目で容態が悪いと思える娘がベッドに横たわっていた。
先生が娘を諭した。
「今日まで貴女が頑張ってきた努力は素晴らしかったよ。みんなも一緒に歌っているつもりで頑張ってくれると思うよ。心配しないでゆっくり休みなさい」
私も手を握りながら話した。
「気持ちは十分伝わるから、今日のステージは諦めて少し休んだら家に帰ろう」
小さく力なくうなずきながら彼女の目からポロポロ涙が流れた・・・それを見た私と担任も思わず胸が熱くなった。
もうすぐ彼女のクラスの出番。私はある事を思いつき、保健室に娘を残し先生と二人急ぎ会場に戻った。
ビデオカメラなど持参しておらず、手元にあるのは新しく機種変更したばかりのピカピカの携帯電話。この機種なら少し長めの動画も撮れるかも?そう思い、二曲の歌声を携帯で録画した。

娘のソプラノの立ち位置は詰められていた。この写真の中には娘だけがいない。クラスメイトは少し不安だったかもしれない。でも一人欠けたメンバーで歌うその歌声はきっと波動となって保健室にも届いていたと思う。
録画しながらなんだか涙が溢れてきた。一生懸命のその姿に感動し、一体となって歌い上げる素晴らしい歌声だった。もう順位などどうでもいいことだ。この日までの連帯感が彼女達を成長させたに違いない。
娘を迎えに再び保健室へ。。。
「どうやった?」娘は私が講堂でクラスメイトの歌を確認してきたことを察してそう聞いた。
「素晴らしかったよ。感動した・・・特にソプラノがね・・・透き通る天使のような声やったよ・・・」
「そう、良かった」一瞬、顔色が戻ったかのように見えた。
ベッドの上で録画した映像を見せた。自分の体調は最悪なのにその歌声を聴きながらリズムに合わせて顔を動かすその様子は、指導してきたであろうその箇所箇所の仕上がりを確認するかの様に見えた。
「そう、ここでもう少し膨らませて~」「ここは小さく、でも言葉ははっきりね~」とでも伝えたのだろう。そのポイントだった箇所に差し掛かると耳を済ませて聴き、思ったように歌えたことを確認すると少し笑みも出ていた。
二曲とも聴き終えると一言・・・
「良かった・・・みんな凄く良かった・・・。私はここから心で応援することしか出来んかったけどここで一緒に歌ったから参加できたという気持ちになれたし、もう満足」
保健室を出て少しふらつく彼女の背中を支え、歩きながら私は言った。
「貴女の事をみんなきっと心配してくれてるよ。そして一緒に頑張った日のことはみんな忘れない。こんなことも一生のうちにはあるさ。先は長いよ。また来年も再来年もあるからね!」
こくんと小さくうなずいてから深呼吸をしていた。まるで「自分を諭す」かのように・・・
親子で門を出る時、そのまま校舎に背を向けて歩いて出ようとする私の手を娘が引きとめた。そしてくるりと向きを変えて校舎に向かって深く一礼するのであった。
冷たい風が頬にあたる冬のある日の「親子の記念日」だった。
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