忘れられない一年の最後に
12月29日は四十九日の法要を執り行いました。
本来の計算では正式な四十九日は1月11日・・・でもこの29日にすることで年内に法要を終えられることと、皆さんが集まりやすいと考えた結果、そうしました。
音楽仲間、友人、家族、故人と関わりの深い方々にお集まりいただき、まずは読経があがります。浄土真宗本願寺のお経の本を配って、導師である娘の学校の先生と一緒に全員で唱えます。まるで歌のような・・凛とした空気感がそこには漂っていました。中高生向けにいつも授業をなさっている先生だけに、引き続きの法話も大変わかりやすくためになるお話でした。
食事は自宅二階リビングにて・・・ミュージシャンの皆さんはお一人ずつ演奏してくださいました。想いを込めて、心を込めて、私たちのために。その一曲一曲は琴線に触れ、涙が溢れて止まりませんでした。
私のために選曲してくださったその曲たちは、お経と同じくらい胸に響きました。ありがとう・・・。
故人と共に活動していた空中再生もサポートメンバーと一緒に数曲。
そう、ここにはあの人がいたはず・・・そう思っていると「僕はここにいるよ。」と、私達に照明の変化などでその存在を知らせてくるのです。それは不思議な出来事のようでもあり、体が無くなっただけで魂やそのエネルギーはずっと残っている証拠なのかもしれません。
会も終盤になり、神奈川から駆けつけてくださったJさんが、オフコースの小田和正さんの「言葉にできない」を歌ってくださいました。本当はこの曲を聴く勇気がなかった私ですが、主人を亡くしてから「今、一番聴きたい歌」として心にしまっていた曲でした。
終わる筈のない愛が途絶えた
いのち尽きてゆくように
ちがう きっとちがう 心が叫んでる
(中略)
あなたに会えて ほんとうに良かった
嬉しくて嬉しくて 言葉にできない
あなたに会えてほんとうに良かった・・・心の底からそう思います。思い切り泣けてよかったです。Jさんありがとう。
宴は夜遅くまで続き、「まあ、葬儀でも喪主の挨拶したし、その後も人前で挨拶することが続いたし、もう怖いものはない。」そんな開き直りに近い気持ちで私も弾き語りしました。「朝陽の中で微笑んで」・・・大好きなユーミンの曲です。これも深い思いの曲になりました。
日が明けて30日には、友人達が参加する前出のJさんのサポートバンドの練習に強引に参加させてもらいました。「なにもこんな時にキーボード弾かんでも・・・」みんなはそう思ったかもしれません。
でも、「言葉にできない」のお礼と、一足先に千葉に帰った私の同志のO君の代わりに自分ができることがこれだったのです。ライブハウスでの演奏は社会復帰のための良いリハビリになりました。
この日、「喪中につき、年賀状の欠礼・・」というこのハガキが全国に届いたようです。

「驚愕しました」
「信じられません」
「驚きで言葉を失いました」
そう、あまりに急なことで、まだ死去の知らせが知り合いの全員に行き届いてないのです。皆さまからメールやお手紙やお電話、沢山頂戴しています。本当に暖かい励ましありがとうございます。
年内のブログはこれが最後です。私にとっての2008年は忘れられない年になりました。














