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2009年2月に作成された記事

お手本にしたい女性たち

昨日は、午前中から数件の打合せ。そして佐賀方面への出張。全部終了して自宅に帰ったのは夜23時を過ぎていました。なんだか充足感のある一週間でした。


花屋さんの店先を見ると春はすぐそばまでやってきているんだなあ・・・と感じます。祭壇の花もそろそろ明るい色に変えていこうかと思っています。

センスよく生けこんでくださる女性フローリストさんとのご縁で月に二回ほど交換してもらっています。今日はこんな感じ・・・
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「春になることですし、次回からは少し明るい色も使ってもいいですか?」細身で美人の彼女は、穏やかな所作でセッティングしながら少しゆっくりした口調でそう言いました。


「賛成ですありがとう。きっと主人も喜びます。次回が楽しみです」

そう私が言うと、優しい笑顔で頷いてくれました。素顔なのにその表情が美しく癒される素敵な女性です。


そんな話をしていた矢先、オナリナ奏者のWNさんが春の音を持ってやってきてくれました。
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追悼コンサートの演奏内容の打合せが目的で来てくださったのですが、繊細で豊かな感受性を持つ彼女は、主人の遺影の前で何度も涙して、その心からの気持ちを音に託そうとしてくれています。

ミュージシャンでもあった主人はきっと努力家の貴女のことを尊敬していたと思いますよ。貴女が奏でる笛の音色に乗って彼の感謝の気持ちを届けてくるような気がします。


それぞれの世界でプロフェッショナルな腕前をお持ちのお二方。この二人の女性に共通するのは、私に対する彼女達からの「思いやりと愛」の波動そして謙虚さです。


年上の女性に対してちゃんと敬意を持って相対してくださり、ご自身の出来る限りのことを惜しみなく温かく提供しようと心がけられ、決して出しゃばらず落ち着いた所作と丁寧な言葉遣いで相手に接することの出来る素晴らしさに感動すら覚えます。どんなお母様に育てられたのかと思うと尊敬の念でいっぱいになります。そして彼女達のご主人達は幸せだろうなあ、お子さん達も幸せだろうなあ・・・と。

自分を振り返ってみても見習いたいところが沢山ある人達です。


息子のお嫁さんもこんな女性だったら嬉しいなあ・・・
娘にもこんな風に素敵で愛を惜しみなく贈れる女性になってほしいなあ・・・と願う週末です。

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食べてます!

昨日から名古屋方面へ出張でした。

伴侶を失ってどの位の時間があれば、元通りに元気になれるのか?それは個人差があると思います。私を知る多くの人達は「無理しないでゆっくり仕事も再開すれば良いよ」そう言ってくださいます。私を気遣って本当に丁寧に接してくださるのです。

この50年間の私の人生の中で、仕事をしている自分が如何に自分らしいかも私自身が良くわかっていますから、2月の声を聞いたあたりから、「そろそろ・・・」と、私の中では決心していたのです。

そんなこんなで、昨日はあれ以来、はじめての飛行機搭乗でした。数百回、いや千回以上は搭乗したであろう飛行機なのになんだか少し緊張したりしました。

友人でもある仕事のパートナーのMKさんと一緒に行き、まずは名古屋駅に直結するホテルにチェックイン!久しぶりに二人で沢山沢山話をしました。

打合せは夜だったので、ルームサービスを頼んで二人で優雅に遅いランチ!

これは「美肌ジュース」というネーミングに惹かれてオーダーしたもの。ピーチ・ミント・キウイ・グレープフルーツの味がします。

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こちらベジタブルスティック・・・ブルーチーズやマヨネーズのディップにつけて美味しく食べました。

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他にはビーフステーキピラフとスモークサーモンのマリネ。


夜はクライアントのドクターとゆっくり打合せをして、イケメンの若い男性スタッフがやっている素敵なイタリアン料理のお店でおご馳走になりました!ここでもよく食べました。デザートまで完食です。


明けて今日は、別件の打合せをひとつ二つ済ませて、福岡便に乗るためにセントレア(中部国際空港)へ。空港でもちゃんと食べました!中華粥です。
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皆さん、私、こんな風にちゃんと食べてます(笑)体重も少し戻りました。

「食べてる?」「体重は少し元に戻った?」「ちゃんと食べてね」・・・私の顔を見ると皆さんがおっしゃる言葉です。だから今日は、ちゃんと食べてる証拠の写真にしました。


「やっぱり私・・・仕事してる方が元気出るわ・・・」と、つくづく好きな仕事をさせていただいていることに感謝する木曜の夜です。

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3回目の月命日

今日は24日。月命日です。あの日から丸3ヶ月が経ちました。あの日以来、私に降り注ぐそれはそれは色々な出来事、そして出会い、サプライズの連続が時計を進めてゆきます。

主人から贈られるメッセージはいつも暖かく感じられるものの、「今頃どこで何をしてますか?」と、聞いてみたい気もします。

昨日見つけた二曲のオリジナル未発表曲・・・今日は、更に5曲見つかりました。これでどうやら作品は全てのようです。2000年から人生最期のその日までに作ったオリジナル曲は全部で7曲。

7曲入りの故人のオリジナルの作品集は、一周忌までに完成させてやりたいと願っています。

ここでお聴かせできないのが残念ですが、どれも彼らしい珠玉の一品ばかりです。今日は、この曲たちを採譜して曲に仕上げようと友人のJAZZピアニスト立花洋一君が来てくれました。

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同時刻・・・自宅スタジオでは、この日曜からの「トリビュートアルバム」レコーディングのための環境整備のため、レコーディングエンジニア・プロデューサーの皆さんが来てくださっています。

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「ほら見てごらんよ。貴方の残したスタジオをこれからも活用して行こうと、私の気持ちに添ってくださる皆さんが、こんな風に一生懸命やってくれているんだよ」・・・そんな気持ちでこの写真を無性に撮りたくなったのです。


今日は雨・・・。皆さんありがとうございます。本当に本当に感謝しています。

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大変なものを見つけました

雨の日曜。娘は学友と学際でのミュージカル衣装の布を調達に!

そのままどうやらクラブの学友の、裁縫がお得意のおばあちゃまの家に上がり込んでは、せっせと5人ほどで裁縫モードに入っていたらしい。買えば済むものも全て手作りするのだそうだ。いい経験と心掛けです・・・

娘が持っているipodは、主人から買ってもらった入学祝い。そしてその中にはビートルズの全アルバムが入っている。私のipodは車の中。さて、息子が「僕もipod欲しいなあ・・」

「パパのipodがあるけど、K君もらう?」

「いいと?」嬉しそうな顔!「息子の君にならいいよって言ってくれるよ」最期のその時まで持っていた小型バックを二人で一緒に開ける。

「わあ!お父さんのかばんの中ってきれ〜い!」整理整頓されているそのかばんには故人のipodが・・・。

早速主人のヘッドフォンと一緒に試聴する。

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故人の服、靴、食器、持ち物の全て、いづれもまだ手をつけてない。音楽仲間の皆さんには衣装になるような服は形見分けでもしようかな?そう思うもののずっとこのままにしておきたい気持ちが優先して実行できずにいる。

急逝の前日まで着ていたセーターにはまだ、彼の匂いがついたまま・・。笑われるかもしれないが、あれから何度そのセーターを抱きしめて匂いを嗅いだことでしょう。懐かしい主人の残り香がそこにはある。これさえも時間の経過と共に薄れてゆくのかと思うと寂しい・・。

遺髪も、友人のヘアメイクアーティストで、クリスチャンでもあるフランス人のSさんが、神聖な儀式をして私と二人の子ども達のために切って、取り分けてくれた。これからこの遺髪もお守り袋を作ってそれぞれで持っておこうと思っている。


さて、主人のipodを、改めて確認してみた。どんな曲を入れていたんだろう?几帳面な性格を表したようにそれぞれのアーティスト別、アルバム別、用途別に管理されている。

その中に見つけた「真」というアーティスト名。主人の名前の一文字ではあるけど「真」って誰?そのアーティスト名のフォルダには2曲入っていた。

聴けば、紛れもなく彼の声!つい三ヶ月までは毎日聴いていた声。2曲にはそれぞれタイトルがついている。聴いたことのない曲。しかもメロディだけのアカペラ・・・。

切なくて哀しくて嬉しくて懐かしくて泣きながら聴いた。優しい息子が私の背中を撫でてくれた。

英語も少し混じっているが、歌詞のイメージもわかる。フレーズを作曲する時の彼なりの方法。メロディアスだったりリズムを生かした曲だったり、いづれもコードも聴こえてくるような名曲だ。

時折歌詞ともつかない英語交じりのフレーズには娘の名前も出てくる・・・タイトルにはR-enaと書いてある。紛れもなくそれらの曲は娘に贈ろうと思っていたはずの未発表のオリジナル曲に間違いない!そう確信した。

それからしばらく胸がドキドキした。「大変なものを見つけてしまった」という思いと、これからこの曲を仕上げてやれるのは私しかいない。世の中に送り出してあげよう!という決心から。

彼に捧げるオリジナル曲を10曲も書いて、トリビュートアルバムを録音しようと精神を磨いているT氏とその仲間たち。そして、私も、某有名アーティストさんから作曲センスがあると褒められてすっかりその気になってしまい、仲間たちとアルバムをもう一枚作ろうかと思っていた矢先。

どうやらもの凄い宝物を発見してしまった日曜の夜です。

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イギリスへの旅

息子は本が好きだ。毎日2~3冊は読んでいる。文庫本も読むし姉の書棚から青春ものも引っ張り出してきて読むし、図鑑も歴史本も偉人伝説も・・・そしてもちろん漫画も読む。毎週ポストに届く「かがくるアドベンチャー」は彼の愛読書のひとつ。「本を読まなきゃ眠れない」という、いいのか悪いのか解らない習慣までついてしまって、ベッドに入る前に家中の本の中から「今日の寝る前の一冊」を選択するのにこれまたちょっと時間がかかる(汗)

「もう遅いから今日は本を読まないで寝なさい」・・・つい、そう言ってしまう。いけないと思いながらも。

「ママは僕の脳の習慣がわかってないなあ。寝る前に本を読むでしょ?そうするとその本の内容が夢で展開されるんだよ。朝起きたらその続きが僕に書けるような気分になって楽しいんだよ。」ああ・・そうですか・・・・それは知らずにごめんなさい。


小学校の図書館からも毎週借りてくる。これは先週借りてきた一冊の本。
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ビートルズ好きの卒業生の親御さんが寄贈したのか?はたまた先生達が選んで蔵書としたのか?


第1章 誕生
第2章 であい
第3章 めざすはナンバーワン
第4章 世界のアイドル
第5章 成功の光と影
第6章 愛こそはすべて
第7章 新しい道の模索
第8章 ビートルズ・フォーエバー   という目次。

第1章 誕生
第二次世界大戦さなかのリバプール/病弱で「落ちこぼれ」とからかわれたリッチー/
両親に見すてられたジョン/音楽につつまれて育ったポール/
自由なふんいきのなかで育ったジョージ


第2章 であい
ロックンロールが四人の魂をゆさぶった/ジョージ、ギターをひきはじめる/
音楽少年ポール、ギターを手にする/リッチーは最高のドラマー/ジョン、クオリーメン結成/
ジョンとポールのであい/ジョージがクオリーメンに入る/ジョンの母ジュリアの死/
リッチーからリンゴ=スターへ


第3章 めざすはナンバーワン
グループ名を「ビートルズ」に/仕事でスコットランドへ/ドラマーをむかえ、ハンブルクへ/
ハンブルクでの下積み時代/リンゴ、そして芸術家たちとのであい/
地元リバプールで人気爆発!/はじめてのレコーディング/マネージメント契約をかわす/
音楽の師、ジョージ=マーティン/「すてきな四人組」の誕生


第4章 世界のアイドル
レコード・デビュー/ナンバーワン・ヒット/ビートルマニア/アメリカ制覇/世界のアイドル


第5章 成功の光と影
ヘルプ!ぼくたちの音楽をきいて/イギリスの秘密兵器/コンサートの常識をかえる/
武道館に鳴りひびいたロックンロール/コンサート活動停止へ


第6章 愛こそはすべて
四人それぞれの試み/アルバムがぼくたちのステージだ/愛こそはすべて/
ブライアン=エプスタインの死/四人のミステリー・ツアー/アップルの夢


第7章 新しい道の模索
リンゴがぬける/四つの個性が花開いた『ホワイト・アルバム』/
今度はジョージがぬける/屋上からひびいた最後のライブ/ポールとリンダ、ジョンとヨーコの結婚/
ついにジョンがぬける/ビートルズがビートルズを去った


第8章 ビートルズ・フォーエバー
成功ってなに?/自然との共存を願ったポール/難民救済に立ちあがったジョージ/
リンゴはヒット・メイカー/愛と平和のために闘ったジョン/ジョンの死/
すべての人が願えば、世界はよくなる/世界が「愛」に満たされる日をめざして


コラム
ハンブルクでであった友人たちと、アルバム・ジャケット
四人が愛用した楽器
ビートルズを悩ませたお菓子「ゼリー・ビーンズ」
ビートルズの記者会見はユーモアいっぱい
ビートルズに影響をあたえたミュージシャン エルビス=プレスリー
「ビートルズ」という名前の由来
ビートルズがふれた日本
ビートルズに影響をあたえたミュージシャン ボブ=ディラン
いつもそばにいた、ビートルズのロード・マネージャー
ビートルズの年表

小学生向けの本で漢字にフリガナが打ってあったりする。それを気にしなければ大人が読むビートルズ入門の本としても最高の内容だと思う。いや、逆に少年向けとして書かれているために、よく練られていて、簡潔でわかりやすくまとめられている。記事も表面的な事実関係だけではなく、これからの未来を切り開いていく世代へ贈る立志伝的な一歩踏み込んだ内容になっていて、私でさえ興味を持って読めた。


「父親が大好きだったビートルズのことをもっと知りたい」・・・その気持ちが息子にこの本を選ばせたことは十分わかっている。

「私、日本の大学に行かなくていい?イギリスの大学に行ってパパの好きだったビートルズのことをもっとそばで感じて来たい」娘もそんなことを言い出している。

今年の秋には親子でイギリスに行ってみようかと思っている。きっと一足先にじっくり下見を済ませたであろう主人も一緒に・・・。

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週末の贈り物

シーカヤッカーで、折り紙アーティストのHさんから小包が届いた。宛名には「亀山家のご家族の皆様へ」と書かれている。

中を開けると見覚えのある箱が・・・年明けにお香典返しで送ったオリジナルの箱だった。「もしかして、中身を空っぽで送ってしまったのか、彼に同じものを二個送ってしまって一個返却してくれているのかも?」と、一瞬青くなった。

恐る恐る中を開けると・・・それは見事な色・いろ・色・・・
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彼からのお手紙を読んだ。

「昨年、真吾さんが僕達のために歌ってくれた曲のお礼をしようと思いながら、To Do Listに書いていたにも関わらず、伸び伸びになってしまいました。年賀状ではお礼の言葉を書こうと思っていた矢先に届いた訃報に唖然としました。今日までお礼が出来なかったことお許しください。」

そう、昨年夏に、デュエット仲間のYちゃんと主人は、H君の結婚に際して歌った曲をステージで再演したばかりだった。そのお礼をしたかったというHさんは、ご自身が出来る精一杯の気持ちを送ってくださった。

彼の得意とする世界にひとつだけの折り紙アート。

「心を込めて折りました。頂いた箱に入れてお送りするのは失礼かと思いましたが、僕からの心からのお返しとしてお受け取りください。」

ありがとうHさん。その気持ちは私にしっかり届いていますよ。どうしてあの箱に入れてくれたのかも、十分伝わっていますよ。本当に嬉しく、明るい色を選んでくれた優しさも感じていますよ。貴方の純粋で大きくて広い心に触れられて幸せです。

あの曲をもう一度一人だけで聴く勇気はまだありませんが、貴方とのご縁を結んでくれたYちゃんも、これからあの歌を心の支えとすると思います。

今こうして私たちに贈られた折り紙の花たちに・・・彼の優しさに・・感謝する週末です。

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もうすぐ三か月

二日間、社員たちと全員面談をした。三者面談ならぬツーウエイコミュニケーションだ。分かり合える歓びは今の私にとって温かいリハビリになった。


8名プラス役員…の10人ほどの構成。小さい会社だけど、夫婦で起業して新しい仕事を作り上げてきた。今日まで本当にいろいろなことを乗り越えてやってきた。そうあの日までは現世の夫婦だった人と一緒に。

毎日たくさんの励ましをありがとうございます。心から感謝しています。


主人が亡くなってもうすぐ三か月。一生懸命二本の足で立っていようと思うけれど、まだまだ心にぽっかり穴があいたようでもあり、突然何の前触れもなく涙が溢れてくることもある。

それは食事中だったり、運転中だったり、入浴中だったり・・・湯船の中にいてどっと涙が溢れた時は、お湯と一緒に涙を流してしまえるからまだいいものの、運転中…これはとても困る。目の前が見えなくなるから危ないのだ。

カーオーディオから流れるipodの中には故人の歌も沢山入っている。その曲たちが流れ始めると、もうそれは大変なことになる。嗚咽が止まらない時間が始まってしまうから。

この前などは、止まらない涙にあわてて車のワイパーのスイッチを入れてしまった(汗)ワイパーではぬぐい切れない私の中の哀しみは、亡き主人、そして会社の先代の社長となった彼への愛の深さでもあると思う。


このブログは大勢の方がお読みになっているオフィシャルHPからのブログでもある。故人を美化することにはそれぞれご意見もあろうと思いますが、私や子ども達、そして社員たちは心から彼を愛していました。これからの人生でこの大きな愛を超える出会いはもうないであろうと思うほど。


子ども達は、私に心配かけまいと、精一杯緒堪えています。家族や父親と過ごす友達の姿を見るたびに息子はショボンとなって、私にベタベタ甘えてくる。娘は今の哀しみの環境を変えたいと思っているのか犬を買いたいと言い出したり、留学したいと言いだしたり・・・。

私は…といえば、ちゃんと彼の歌、声を聞くにはまだ時間がかかりそうです。


「膝のけがが治ってよかったね!パパはいつも君たちを守ってくれているよ。全快お祝いにお姉ちゃんと一緒に美味しいものでも食べに行こうか?」そう私が笑顔を見せると


「ママ、笑ってくれてありがとう」
ドキッとしました。私は笑顔を忘れていたんだな・・・と。どれほど子ども達が哀しいのか、不安なのかがわかる言葉でした。ごめんね。哀しいのはママだけじゃなかったね・・・。


外は雨。社内にはGONTITIの優しいギターが…。

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積極的!

息子はもてるらしい・・・なんだかそんな気配がする。高齢出産だったからという溺愛では決してない(ホントか?)

小学校に入学してすぐから、それは始まった。

ある日、カバンの底には可愛い封筒がぺしゃんこになって入っていた。

「これな~に?」

「知らな~い。」

「開けていい?」

「うん、いいよ。」

・・・クラスの女の子からのお手紙だ。一生懸命書いたと思われる小学一年生の可愛いお手紙。

「K君のいいところはやさしいところです。そしてあたまがいいところです。そして色々なことをしっているところです。せいふくのぼうしをかぶっているK君はかっこいいです。わたくしはK君がだいすきです。」

「あらあ、これはラブレターだねえ。」横で中学生の娘が冷やかす。

「そうなん?」息子は至ってクール。

それから、一ヶ月後に一通、また一通・・・出し主はそれぞれ・・・参観に行けば「K君のお母さん!」と、数人の女の子からニッコリ微笑まれる。ちょっと首を傾げて恥ずかしそうな笑顔で。

入学初年度。「チョコレートの学校での受け渡しは禁止します」きっぱり担任からの宣言。そう前振りされてはさすがに誰も持って来られない。本当はお手紙のやり取りもNGなのだ。しかし・・・郵送で届いた複数のチョコ!もちろんお手紙つき!


学校も二年目になり、今年はママ達が代理人となって、お嬢様方からのチョコを数人から私が受け取った。

そして14日。塾から帰った彼の手には紙袋が5つ。既に食べて来たらしい空き箱も複数。こんな状態の箱も・・・(汗)

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夕方には「ピンポーン」・・・チャイムがなってドアの前にははにかむ笑顔のMちゃんが・・・体の後ろに隠し持っているらしい彼へのプレゼントをなかなか差し出せずにいる。隣に立つ母親が「K君に渡すんでしょ?ほら思い切って!」と、背中を押す。

受け取った息子は無言・・・

「ありがとうって言うんでしょ?」そう私に促され、ぼそぼそと「ありがと・・・」もう!君は何て愛想がないのだ!わざわざ車で届けてくれたというのに。


かくして、今年の息子のもとには11個のチョコレートと、8通のお手紙・・・親子で美味しくいただきました!

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役所からの手紙

私宛の一通の封書が届いた。福岡市東区役所・総務部・市民税課からだ。

亀山みゆき様・・・丁寧な手書き、文字も美しい・・・

この度の亀山真吾様のご逝去に際しまして心からお悔やみ申し上げます。・・・フムフムお役所にしては丁重な書き始め・・・

市民税・県民税の納税につきましては、日頃より多大なご協力を賜り厚くお礼申し上げます。・・・はい、多大に貢献してます・・・

さて、亀山真吾様に対する市民税・県民税が課税されておりますが、納税義務者が死亡された場合の納税義務は、相続人に承継されることになっています。・・・・おおっと、そうきたか・・・

つきましては、別添の納税通知書により所定の納期限までに納付していただけますようお願いいたします。・・・なんだ税金払えということか・・・しかも相続税では無い。市県民税である。


なお、相続財産がない場合には減免の措置がありますので、市民税課にお問合せください。・・・そうか相続財産がなければ税金払わなくて良いケースもあるんだ・・・


同封された納税通知書には「被相続人 亀山真吾様 代表相続人 亀山みゆき様」とある。確かに故人の後を継承して代表取締役にはなったものの、代表相続人にもなった訳で、何かと社会的な立場は一変するものです。


市民税と県民税、主人は福岡市民でもあり福岡県民でもあったのだから、生きていれば納税は当然といえば当然の義務。しかし、もうこの世にいない人を追いかけるように「死んでしまったかもしれませんが、その間の住民税は一括で、しかも!まとめて今すぐに払ってね」と、待ったなしで遺族に納付書を送ってくるこのスピードにはびっくりした。

だって、年金問題なぞ数十年前の履歴を追いかけて一生懸命付け合せしている状態の国だ。ほんの二ヶ月半前に逝去した故人の情報は即座にこうやって、書類発行できるではないか!

やれば出来る!いやいやそういう問題ではない。


外出するときはほとんど私と一緒。それも家が好きな人だったので飲む時は夫婦で、または友人と自宅で楽しく飲んだり食べたりした。

だから一人で外でお酒を飲む人ではなかった。だけど、まるで故人が生前に残した高級クラブか何かのツケが数年分まとめてど~んと送られてきたかのよう・・・。なんだか督促されているような気分だ。

「生き返ってくれば喜んでお支払いします!」と、一言電話してみようかなあ??

遺された家族達は、どなたもこうやって様々な局面を経験し、乗り越えて来られたんだなあ。なんてしみじみ哀しい朝でした。

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モデル

2月11日過ぎから、本格的に仕事を再開しよう・・・そう思っていた。その言葉通り、今日は午前中から打合せ、そして午後からは、リサーチ、病院見学などなど以前と変わらぬ普段のペースで動いた。

18時に息子を塾に迎えに行き、途中で買った「焼き芋」を差し出すと「まだあったかい!」と感激した様子。車の中で美味しそうに食べながら「戦後はみんなお芋だけで過ごしていたんでしょう?僕、これからお金ない時はお芋だけでも十分だよ」なんて泣かせることを言う。


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かれこれ8年前・・・この天使の人形を某輸入雑貨店で購入した。目的は、滋賀県にあるH産婦人科さんの分娩室用の映像を制作するため・・・。

モデルはこの人形。そしてシンフォニアの先代社長となった主人が描いた絵はこちら。
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鉛筆一本で描いた作品はここにも残されていて、今日も誰かの目に留まる。

「ああ・・・私の絵も描いてもらっておけば良かったなあ・・」

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レクイエム

最近、ようやくテレビを見る気分になってきた。それでも娯楽番組はまだダメ。気持ちが受け入れられないのです。ニュース位は見ていないと世の中から置いてゆかれる。そう思い一日に20分位は、テレビを見るようになった。

年末に子ども達が録画してくれていた「紅白歌合戦」・・・聴きたい曲があったので昨日、その曲を探してみて見た。


秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

・・・・魂はそうやってそばにいる・・・そう信じて暮らしている。


私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません

・・・秋川雅史さんはもう何百回、何千回この曲を歌ったのだろう・・・


「お母さん、泣いてるの?お父さんはずっとそばにいるんだよ。」息子が私に言った。
「泣きたいの・・・涙はストレスも一緒に流してくれるんだよ」と、私。
「お母さんのストレスの原因にならないようにすることが僕にできる親孝行?」

十分、あなたは親孝行です。私たちのところへ生まれてきてくれたその事だけで・・・

千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

・・・椅子に座って、豊かに伸びる彼の声を聴きながら、そっと目を閉じた・・・

鎮魂歌でもあり応援歌でもあるその曲は、今の私の胸に響いた。


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ダイエット?

昨年から体重が減ったことは自分でも自覚していた。傍目に見ても「ずい分お痩せになりましたねえ」と、言われる。

食欲がそれほどなかったこともあるし、様々なものを乗り越えるために、自分の中のエネルギーを消費したのだろうと思う。ダイエットしたくてこうなったのでは無い事がわかっているだけに、自分でもその衝撃を認めざるを得ない。


今日は、某クライアントのドクターとお目にかかるため、車で一時間ほど高速を運転した。折りしも雨が降っており、制限速度も80キロ。久しぶりの営業再開・・・新人に戻ったような不思議な感覚。

H先生は、「ご主人の急逝をお悔やみ申し上げます。DVDを拝見しました。素晴らしいボーカリストだったんですねえ。」と、開口一番おっしゃった。私の演奏も映像でご覧になり褒めてくださった。恐縮です・・・。


今朝は、クローゼットを開いて着てゆくスーツを選んだ。冬物のスーツは全部がクリーニングから帰ってきたままの状態でそこに納まっていた。昨年の11月の福岡はまだそれほど寒くなかったため、厚手の生地のものは着用してなかったのだ。2月になり、本当に久しぶりにスーツを着ることになった今、改めてこれまでの時間がそれらの服とは無縁の時間を過ごしていたことを物語っている。

さてさて、久しぶりに袖を通したスーツは、やはり身が引き締まる思いがした。でも何かが違う。・・・そう、とても楽に着られるのだ。楽と言ってもサイズが大きい感じ・・・。特にスカートに関してはウエストがブカブカ状態(汗)ウエストで止まらずに腰まで落ちてくる感じでどうも落ち着かない。


それほどウエストが細くなったということか・・・喜ばしいような哀しいような今年初めてのスーツ姿を鏡で見て、自分で自分に小さくエールを送ってみた。

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最期に見た風景

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昨日土曜日は、打合せ、来客・・・と立て続いて時間があっという間に経つ一日だった。人が来てくれるのは、今の私にとってはとても良い状況。やはり話をして過ごすのは気が紛れるし、彼を知る多くの人達に気持ちを共有してもらえているという安心感がある。

熊本のライブのあと、徒歩で移動出来る距離の素敵なカフェで主人は倒れ救急車で病院に運ばれ還らぬ人となった。

1月にその場所に行ってみた時、最期に過ごした場所、彼が見た風景を私と子ども達も忘れないようにしたいとの思いから、女性オーナーであるO.Yさんに「この店の写真を撮って送って欲しい」とお願いして帰ったのだ。

夕べ、彼女から写真とともに一通のメールが届いた・・・

あの日、あの時、あの場所で、最後に彼が見て感じた空気感がそこにある。


「僕のイメージ通りの場所だ。気に入ったなあ。」と息子。
「多分パパはこの場所が好きだったんだよ。これからもこのお店はパパが守ってくれると思うよ」と娘。

店内に一緒にいた全ての皆さん、見守ってくださって本当に有難うございました。O.Yさん、心から感謝しています。

彼は熊本に深いご縁があったのだと思っています。5月には子ども達も一緒に行こうと思います。

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9月20日生まれ

夫・亀山真吾は1958年9月20日生まれでした。昔は人生50年と言われる時代もあったものの、長寿国日本では50歳で逝くのはちょっと早すぎる。そんな短い人生ではありましたが、100歳まで生きた人と同じ位、充実した幸せな人生だったと思ってやりたい今日この頃です。


これは「誕生日大全」
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こわいくらいよく当たる!と、全米で大ベストセラーとなった366日の誕生日占い本。占星術+数秘術を融合させた診断で、運勢、長所・短所、隠された自己、恋愛運、仕事etc.が明らかになるというもの。


9月20日のページをそっと開いてみた。「美意識を育む繊細さを持つ」とある。まさにその通りの人だった。

機を見るに敏で、学習意欲が旺盛。
優れたセンスと知性、魅力を与えられている。
細部まで注意が行き届き、細かいことにこだわりを持っている。
デザインセンスにも恵まれている。
話し上手の聞き上手で相手を説得するのが得意。
とても繊細で人に対して受容的。
和やかな雰囲気を作り出すのが得意。

う~ん、相当近いものがあります。と、いうよりそのままです。恐るべし占い本。


最後のくだりには、「誰も考えつかないような何か特別なことをやり遂げて、人を元気づけたり助けたりすることも・・・」とある。本当に彼は特別なことを多くやり遂げました。そしてその死は誰も考えつかないような特別なことでもありました。

今、遺された私達は、故人からの大きな愛を感じ、勇気や元気をもらい、魂が永遠であることの証拠を感じ取っています。


今日も皆様からの沢山の励ましや優しさをありがとうございます。そのひとつひとつに毎日心から感謝しています。

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タミフルは効かない?

インフルエンザ、ちゃんと家族4人で予防接種していたのに・・・。息子が罹りました。Aソ連型。クラスで流行っていることは知っていましたが、ついに!

罹りつけの小児科に行くと「お母さん、出ました!」検査結果を待つ私に、まるで当たりくじが出たかのような明るい看護士さんの声。タミフルの処方についての注意と先生の考え方が書かれた用紙を渡されて、看護士さんからの説明の補足を受ける。その上で、処方するか否かは保護者が決めることにしていらっしゃるようだ。

院長先生はいつもの淡々とした口調で、「タミフルは開発に20年かかったんですよ。でも耐性菌は数時間で出来てしまうんですね・・・。タミフルが効かない状態は色々考えられますが・・・」云々とお話になり、さあ、貴女はどうしますか?と。

2割程度の保護者はタミフルの処方を希望。残り8割りは子どもの体力で回復を目指す選択をするらしい。私は、後者を選んだ。息子の様子からも二日間も発熱と戦えば自分の力で治ると思ったからだ。

日、月・・・と38度台の熱。でも思ったほどひどくない。今(月曜の20時現在)はすっかり熱も下がり、お腹が空いた~と、食欲もある。割合軽くて済んだと思う。まあ、膝の怪我に続いてインフルエンザ・・・彼も退屈な一週間だったに違いない。

「ああ、退屈。早く学校に行きたいよ~。なわとび集会にも参加したいよ~、持久走大会の練習もしたいよ~」平熱に戻ってから二日間は出席停止。漫画も読んだ。ゲームにも飽きた。家にある本も読破してしまった。漢字の練習もした。だけどこのままだと体も頭も鈍ってしまいそうだ。

「勉強してなくていいのかなあ?」本人もちょっと心配になった様子。塾の先生に電話して「退屈そうなのでプリントでもさせておこうかと思いますが・・・取りに行きますので。」やっぱり私は教育ママなのだろうか?


午後からは3月に行う追悼コンサートの演出の打ち合わせをした。故人は生前「自分が死んだら音楽で送って欲しい」そう語っていた。

ご縁のあったミュージシャン達は快く出演を引き受けてくださった。バルーンを使ったり、羽を使ったりして私らしく彼を送ってやりたい。彼自身が望んでいた「音楽葬」に近づけようと思う。

春はもうすぐ・・・。

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遺品

人が亡くなると、残った愛用品は全て遺品となる。

クローゼットの中の服も、髭剃り用のシェーバーも、靴箱の靴も、私がプレゼントしたバックや財布も、ジョンレノンミュージアムで買った連番のPeaceペンダントも、そして故人の一番の宝物だったギター達も・・・

衣装になるべく服は、音楽仲間にお譲りしようか?ジャケット類は友人達に形見分けしようか?靴は息子が履くだろうから取っておこうか?色々と考えてはみるものの、まだまだ手をつけられずにいる。


スタジオのMacのすぐそばに置いてあったもの。

Megane_2

16年前に私達が初めて会ったあの日、あの時、あの店に、主人がかけてきたサングラス・・・。夜にサングラスをかけて来た彼を見て「変な人。夜だというのに・・・自分の顔に自信が無いのかしら?」なんて思ったもの。そしてその話を主人にもしたことがある。その後、数回使っただろうか?

Tokei_2

これは彼の誕生日に私がプレゼントしたもの。実際には時計を身につける習慣がなかったので数回しか使用してないと思われる。

何故かこの二点が、スタジオワークで一番長く自分が過ごす場所、それも良く見えるところに置いてあった。私との思い出を大事にしてくれていたのかもしれない・・・そう思うと嬉しくもあり切なくもあり、胸が一杯になった。


これは、洗面台の収納に入れてあったもの。彼の愛用品だった。

Nibea

過去に私が使用途中のニベアを捨ててしまったことがある。何故ならたまに少量しか使わないものなので使用期限をとっくに過ぎていたからだ。

「モノは大事にせないかん」・・・・そういってちょっとご立腹だった。

その後買ってきた新品のコレに、マジックで書き込んであるのを見て可笑しくなった。彼の性格がよく表れている。でも彼は真面目に私に抗議していたのだと思う。

「はい、これだけは絶対に捨てません!約束します。」直立不動で敬礼の真似をして彼にそう言うと、子どもにするように私の頭をポンポンっと軽く叩いて「わかればよろしい。」そう言いながらクスっと笑った。


直筆のサインは今となっては貴重なもの。「絶対に捨てません!約束します。」

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