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2009年3月に作成された記事

不思議なご縁

今日会社にかかってきた一本の電話。


クライアントからでもなく、取引業者さんからでもなく、身知らずの男性。


私に取り次がれる電話は、外部からの営業的なものは大抵社員のところでブロックされるのだが、この方の場合は事情が違った。


2月20日に息子さんをバイク事故で亡くされたというお父様からだった。


息子さんはまだ20歳。なんという悲しいことだろうか。


やっと一ヶ月経ち、深い悲しみの中にいらして、あることを思い付かれ弊社にお電話を下さった。


息子さんの死に直面した父親は、彼に贈る歌を作る決心をなさり、ご自分で作詞されたという。


「作詞はしたものの、曲が作れず、どこに頼めばいいやら解らず探しました。」


5月連休には、関東や各地から、彼の友人達が集まって来られるらしい。


その席で、年若くして逝った息子のために、追悼式をしたいとおっしゃる。


父親が作った歌詞に曲をつけ、皆さんで歌いたい。


私は、気持ちを大きく突き動かされた。お父様に、私も主人を亡くしたばかりであること。つい先週追悼コンサートを開いたばかりであること。お気持ちは痛いほどわかること。私に「曲を作って差し上げよ!」と、主人が言ってるように感じられること。等々一気にお話しした。


少しでも早くお目にかかりたいが、明日から滋賀県出張。戻りは金曜日の昼。


金曜日に博多駅から戻り次第、私の自宅に来ていただくこととした。


「お父様。お辛い中、よくぞ歌詞を書かれましたね。曲は私が喜んで書かせて頂きます。必ず追悼式に間に合わせますからね。」


思わずそうお約束した。


会社を創業して16年。これまでに、このようなお話しは一度もなかった。


何故に、絶妙のタイミングでこんなことが?

答えはすぐに出た。


主人は、きっとこのことを知っている。そしてお父様を私へと導いたのだ!と。

完成した曲はCDにしましょう。息子さんの写真をジャケットにして。


不思議なご縁。


そして私の役割がぼんやりと見えた一日でした。

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お揃い

Nagagutsu


右から息子、娘、そして私の長靴です。有機農業教室の畑仕事用に買いました。玄関に並んでいます。


3足しかないこの風景は少し寂しいけれど、これから3人で生きてゆく覚悟がこの風景に表れているようにも思い、写真を撮りました。


種芋の植え付け、ほうれん草の種撒きを終えました。・・・これからきゅうりやトマト、ナスなどの夏野菜を植えるそうです。

収穫も楽しみだけど、土に触れたり、自然と触れ合うのはもっと楽しいことですね。知り合いに声をかけて、畑仲間を増やそうと思っている今日この頃です。

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LOVE

土曜の夜は羽田空港のホテルにチェックイン。日曜日の朝一便(6時20分)で福岡に戻りました。息子を合宿に出すために・・・。


Yubiwa

ジョンレノンミュージアムで「LOVE」の歌詞の一部が彫りこまれた指輪を買いました。薬指にするために・・・

Love is real, real is love,
Love is feeling, feeling love,
Love is wanting to be loved. ・・・ここまでの文字が刻まれている。


土曜日の夜には千葉在住の私の音楽のソウルメイトでもあるO氏と合流。彼の行きつけのブラジル音楽をオンエアしている(たまにライブも)素敵なレストランに連れて行ってもらった。


二人ともが好みの音楽が店内に流れる中、長時間音楽談義、仕事の話、先日の追悼コンサートのこと・・・などなど盛りだくさんお話して、これから一緒に始める音楽制作の方向性の確認や、人生について(大げさかな?)、家族について語り合った。


彼が、愛すべき家族を守るためにはどんな苦労もいとわないと言うように、私も自分の家族を守るため一生懸命生きてゆく。そんな共通の認識も確認できて嬉しかった。


亡き主人の残した作りかけの7曲も、一緒に仕上げてくださると言う。ありがたい限り。

再会を約束して固く握手を交わしました。


さ〜て、数時間寝て、6時の飛行機に乗って、機内では爆睡(汗)

充実した週末になりました!


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ジョンレノンミュージアム

夕べは埼玉に移動し診療棟の増築を終えられたばかりのS先生にお目にかかった。


昨年11月。分娩室の増床の打ち合わせに出かける約束をしていたけれど、産婦人科医師である先生のお父様が11月15日にお亡くなりになられたので、もろもろ葬儀などが済み、落ち着いてから打ち合わせを、と延期になった。会社から弔電を打った。

その一週間後、主人が急逝した。そのため、更に打ち合わせの日程を延期せざるを得なかった。


S先生はさぞや驚かれたことだろう。


夕べ、先生と身近な家族の死についてお話しした。

お父様も、病床に息子である先生を呼び、奥様は所用で席を外された瞬間に息を引き取られたらしい。

主人も同じく私と子どもたちを福岡に置いて、熊本で息を引き取った。

愛する者に心配をかけまいとの配慮なのか?

先生のお父様と、私の主人は時を同じくして亡くなった。だから初盆、一周忌など、これからの供養ごとはずっとご一緒ですね、とお話しした。


帰り際、先生からジョンレノンミュージアムで購入されたプレゼントをいただいた。

今日は別件の打ち合わせを済ませ、迷った末、そのジョンレノンミュージアムに立ち寄ってみた。


どうして迷ったのか?それは一人で行く勇気がなかったからだ。これまでに、数回夫婦で出掛けた場所。今年の夏休みには子どもたちも連れて行く予定だった。


入口でジョンが迎えてくれた。
Up2

愛用のリッケン・・・子ども達の余興のために段ボールで作ったギターと同じもの。
Rikken

ジョンにあの段ボールリッケン見せたら何て言うだろう?

ミュージアムの中は、オノヨーコのジョンへの深い想いで空間が彩られ、まるで私を温かく包み込んでくれるよう。


スペースのそこかしこが豊かな愛で溢れている。

Message

私が主人のメモ書きさえ捨てられずにいるのと同じように、ヨーコさんも、その一点一点を大切に保管し、そこに展示している。


一人ミュージアムの空間を歩きながら、はらはらと泣けてきた。悲しみの涙ではない。彼女のジョンに対する愛の大きさに感動しての涙。私もその愛の大きさでは、彼女に負けてないかも?

いつか、亀山真吾という素晴らしきアーティスト、尊敬する夫、ハウスハズバンドを地でいった父としての姿を、こんな形で感じられるミュージアムで紹介してみたいなあ、とイメージしながら会場を後にした。


さて、夢の中ではもう設計図は完成しています(笑)


やっぱり場所は名島かなあ?

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河畔の景色

自宅二階テラスからの風景・・・目の前の河畔公園には10年前に植えられた幼い桜の木。
少し成長し今年も花を咲かせています。

Kahan


この木々もあと数年・・・数十年経ったら大木になってゆくのでしょう。子どもの成長と同じように・・・。


見慣れたこの風景も今年は少し違って見えます。

主人がギターを弾きながら、リビングからいつも見ていたこの景色。

この家だけは、どんなことがあろうとも守らねば!今はそう思います。


今日から日曜日まで出張です。


飛行機に乗ると、雲の上まで上昇したあたりで、毎回温かいものに包まれたように感じます。


まるで遠方に出掛ける私を心配して、着いてきてくれているように。

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人間ドック

本来は昨年12月に夫婦で受けるはずだった人間ドック。あんなことがあったので、結局のびのびになって昨日になりました。毎年、仲よく二人で夫婦検診コースだったのですが、今回は寂しく一人きりで・・・

延期した事情を知る病院スタッフの皆さんは、「大変でしたね・・・」「お痩せになりましたね・・・」とねぎらってくださる。

さてさて一日コースのはじまり。個室を与えられて着替えから・・・。
Akimoto1


色々な測定、検査、そして最後は胃カメラ。麻酔を軽くかけての検査なのでほとんど意識がないまま終わり、個室に運ばれていた。「そろそろ起きましょうね」お部屋のベッドで起こされました。

Akimoto2

この病院はインテリアも素敵。歴史も長い病院なのでエントランスには初代医院の写真が飾ってあったりアートスペースも!

目が覚めたら、いよいよ検診後の食事。結構なボリュームだが、前の夜からの絶食後なのでこの量の検診食でも全て食べられてしまった(汗)厨房のスタッフの皆さまおご馳走様でした。

Kennshinshoku

結果は・・・骨密度は最高値!一生骨粗しょう症の心配は要りませんとのこと。体重は減ってしまったのでBMIは18・・・痩せ気味とのこと。「もっと食べて太りましょうね!」そんな指導を受けて病院を後にした。

前回は、二人してこの後、本屋に立ち寄ったことを思い出した。今回も同じ書店に立ち寄ってみた。

「ああ、何をするにも一人で寂しいこと。」・・・でも少しづつ慣れてゆきます。健康にも留意して、ちゃんと食べて・・・。来年も検診忘れません!

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オノ・ヨーコに学ぶ

追悼コンサートの冒頭、私は「オノヨーコの気持ちがわかるような気がする」と話しました。

世界的に有名な夫を持ち、ご自分もアーティストであった彼女は、凶弾に倒れた彼をいまでも心の中で思いながらLOVE&PEACE活動を続けている。

なんだか私も、夫が並みの人ではなかったとの思いから、彼の偉業やアーティストとしての才能、そして人としての素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたい・・との思いにかられる毎日なのです。

今でも毎日私に色々なメッセージを降ろしてきます。生命が宿る体は無くなったけど、魂はこれまで以上に盛んに語りかけ私に大きな愛の波動を送り続けてきます。嬉しい限りです。

それは、追悼コンサートに参加された全てのオーディエンスも全員感じていただけたようです。そして彼の大学時代の友人たちも同様。子ども達には特に強く感じられるようです。羽根は相変わらず絶妙のタイミングで降り注いできますし、不思議と「守られている」という感覚があるのは錯覚ではないような気がします。


そのコンサートの翌日、友人から「偶然だけど、オノヨーコさんの記事が出てるよ」と連絡をもらい、早速その雑誌を買いました。


以下「SPURより抜粋」

「ジョンが亡くなり、幼いショーンを抱えてとことんのところまできていたのね。本当にどうしたらいいのかしら?という気持ちだった。このままじゃ自分がダメになっちゃう。父親がいなくなったばかりか、母親までダメになったらショーンがかわいそう。と、自分を励ましたのね」「ビートルズをぶち壊した女」「ジョンを奪った女」彼女は世界中からずっとバッシングを受けてきた。愛し愛された人がジョン・レノンだった、ということで。夫が殺害されたというとてつもない悲劇にあった彼女に世間はけしてやさしくなかった。

「でもね。自分がどう解釈するかで人生は変わるのよ」・・彼女はそう語っている。

「なにか起こるとこう考えるようになったの。「なんのためにこういうことが私に起こったんだろう?」と。まず「これは自分にとってのギフト」だと考えてみるの。あとになると全て自分の幅を広げるためになっていることが多いわ。大変なことだって自分をよくするために使うのよ」

「自分が自分で愛せるような自分になっておくことが大切なの。そうすると幸福が向こうからやってくるものよ」

以上「SPUR4月号より抜粋」


なんだかすごくポジティブな考え方。あれだけバッシングされても「いつかわかってもらえる」そう信じて生きてきた人なのだろう。凄いなあ・・・私もそう思って生きてゆきたいと思う。ためには凹んだりもするけれど(笑)


彼女は76歳。愛する夫を失っても尚、故人を愛し続けている姿に共感を覚えると共に、素敵に年を取っている彼女とお話する機会があればいいなあ・・・。いつか私の自宅のビートルズ部屋にお招きできたらいいなあ・・・などと夢も膨らむのでした。

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4回目の月命日

温かく、愛に包まれた追悼コンサート、そして散骨式、私の誕生会・・・その二日間を終え、ホッとしているところです。

今日は24日。月命日です。午前中は、会社で全体ミーティング、そして所要を済ませ午後からはスタジオのある自宅に戻りました。


音楽仲間でもあり、私の心の支えのひとりであるTちゃんがやってくるからです。彼女が来るタイミングはいつも絶妙です。そういえば・・・・節目節目にはいつもそばにいてくれるような気がします。それは彼女はそれを知ってうちにやってきてくれるのかもしれません。亀山真吾の追悼アルバムを製作中なのですが、そのボーカルレコーディングの打合せをしました。


そして・・・「名島神社に行ってみようよ!」彼女が提案してくれました。今日は素晴らしい晴天。雲ひとつありません。名島神社は私どもの会社の地鎮祭もしていただいたご縁ある神社。そして亀山家の氏神様です。ちょうどタイミングよく合流したK君も同行して、3人で出かけました。


神社は海を見下ろせる高台にあり、境内の桜は満開!

Sakura

3人並んで鈴を鳴らし、沢山の想いをそれぞれに心で整理し、主人を哀悼し、今ここにこうしていられることに感謝しました。

弁財天も祭ってあります。琵琶を弾く姿に、ギターを弾く主人の姿を見ました。

Benzaiten34

S29p

「来て良かったねえ」3人で声を揃えて言いました!

記念すべき4回目の月命日になりました。K君、Tちゃん本当にありがとう。

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追悼会その三・誕生会

3月21日。散骨式を無事に終えた私たちは、馴染みの創作フレンチレストラン颯香亭へ・・・

今日はお店を貸しきり、私の誕生会と、一連の追悼行事を終えた食事会を開催。

主人は50歳で時が止まり、このまま年を取らない・・・なんだかずるい。

私は伴侶を失っても日々年を重ねて、こうやって誕生日を迎える。


皆さんに歌っていただいたバースデーソング。そしてBeatlesの「Birthday」。例年はハードロックカフェに家族で行って、この曲をお店の人達が歌って祝ってくれるのだが、今年は違った。

オーナーのK氏手作りの力作ケーキ。
Keki


そして想いをこめたプレゼントを沢山いただきました。ありがとう・・・


バースデーソングを歌うその場にいた全員の声の中に、主人の声を聴きました。それは私の胸に深く届き、溢れる涙が止まりませんでした。


「もう誕生日に私の横には彼はいないのだな」・・・そう思えば寂しいけれど
「ずっと心の中で生きている」・・そう思えばまだ頑張れる。


沢山の皆さまからの温かい励まし、そして本当にたくさんのメールやお電話。贈っていただいた沢山の花の中に囲まれて、とても幸せです。


主人を想い、深い気持ちで過ごしたこの二日間・・・妙に甘える息子の態度に彼の寂しさを感じ、私に涙を見せないように海の方を向いて座って一人涙する娘の優しさを感じ、大勢の・・・本当に沢山の皆さまからのエールをしっかり受け止めて、これからも一歩づつ前に進んでゆきたいと願っています。

コンサートにご来場いただいた全てのみなさま、出演してくださった全てのミュージシャン、千葉大時代の友人各位、社員の皆さん、子ども達の学校関係者各位、友人たち、いつも応援してくださる皆さま、それぞれの両親、そして子ども達・・・


「私はひとりではない」そう実感できました。今後ともよろしくお願いします!


51年の人生で一番素敵な誕生会に心から感謝・・・・

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追悼会その二・海に還る日

人はどこからやってきてどこに行くのだろうか・・・

その答えはわからなくとも、生まれる時も死ぬ時もひとりだということだけははっきりわかる。


追悼コンサートの翌日。3月21日。ちょうどお彼岸でもあり、私の51回目の誕生日。


博多湾にヨットを出して、散骨式を行いました。

前日は波が高く航海には無理があったとのこと。でもこの日だけはすっきり晴れた心地よい春の陽気。とてもよいお天気でした。波もほとんどなくゆったりした航海・・・

SHIN・・・貴方は今、自分の散骨式をどこで見てますか?高い空からですか?

Hosaki_2

Kato

珊瑚の砂のように白く美しい遺骨の粉を、博多湾に・・・

娘は遺影を持ち、ずっと静かに一人海を見ながら泣いてました。哀しみを抱いて父親を想い彼女なりの「おくりかた」をしたのだと思います。

花びら・・・そして大好きだったシングルモルトを海に・・・


この海は世界中に繋がっています。これでどこに行っても逢えるね。


O氏が弾くキーボードからImagineのイントロが流れはじめます。すると空から一枚の羽根がふわふわ舞い降りてきました。


「ありがとう。僕はいつもそばにいるよ」・・・と。

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追悼会その一・コンサート

3月20日。Gate's7にて亡き主人の追悼コンサートを開催しました。

主催者は私。そして大勢のスタッフの皆様、ミュージシャンの皆様、彼を音楽で送ろうと集まっていただいた観客の皆様。総勢230名ほどの大きなイベントとなりました。

リハーサルは、全体のイメージを考えて演出しながら順調に・・・


そして本番。


オカリナとケーナの「和田名保子」

「CHESTNUT TRIO」

「Yumico Band」

「HATO-POPPO」

娘の所属する「筑紫女学院中音楽部」
Chikushi_2

「一木弘行さんwithてる」

「Translators」

娘たちの中2トリオを含む「幼虫再生」
Youchuu

息子たちの「あらつボーイズ」
Aratsu

「千葉大ユニット」

「ビデオレター」

「トレジャーズ」

「Not Person'S+1」

そして亀山真吾の映像を含め、4人揃ってステージに立つのはこれが最後の・・・
「空中再生」これから空中再生は活動の形態も変化してゆくことでしょう。
Photo


ラストに全員で【蒼氓】 を歌いました。

その曲の冒頭で私は御礼の挨拶をするところ、感極まり・・・涙があふれて・・・歌の途中、息子も父親への手紙の朗読で言葉につまり泣いてしまいました・・・会場からも嗚咽がもれて・・・私自身は「泣いてしまうかも?」と思っていましたが、まさか息子が泣くとは思わず胸が詰まりました。

とてもとても感動的な時間になりました。

温かく大きな愛に包まれた素晴らしい時間でした。

日々支えてくださる全ての皆様に心から感謝いたします。

本当に本当に・・・ほんとうにありがとうございました。

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音楽葬

自宅前の河畔公園にも桜が咲きはじめました。

これは一足先に、早咲きで咲いた一枝。

Photo_2

春は卒業、入学、進学、就職・・・新しい出会いに包まれる季節です。


今日は主人の追悼コンサート。明日は51回目の私の誕生日。


日常は当たり前のように過ぎてゆきます。


昨日からぼちぼち全国各地からコンサートのために集まって来てくださっています。


今日の天気予報は雨・・のはずでしたが、明け方から良い天気になりました。


これから会場に出かけます。


素敵な音楽葬になりますように・・・


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白いベアは、昨年の暮れに頂いたもの。「寂しくなったわね。これをご主人の代わりと思って抱いていてね」東京で開業されている女医のI先生がわざわざ駆けつけて届けてくださいました。

しばらくはこのふわふわした感触を確かめるように抱いて寝てましたが、あれから数ヶ月・・・彼はピアノの前が定位置となりました。

そして膝に乗っているのは私?今日もリビングのピアノの前に二人仲良く座っています。

Bear


そして子ども達は、二人で相談してこの夫婦ベアに追加して自分達のモデルを買ってきました。

2009031713310000


お互いを認め合って暮らす夫婦の絆、そして何があっても支えあう家族の絆は、これまでと同様・・・これからも変わらないのだろうと思います。「いつもそばにいると感じて暮らしていこうね」これが今の我が家の合言葉です。


今日は、娘が卒業した学校の卒業式。私が作った「私たちのメモリー・名島の丘の情景に」を6年生が全員で歌ったそうです。知人が録画してきてくれた映像をみて感動する暖かい春の一日でした。

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春の週末

主人はあまりモノを欲しがらず、元来の節約家でした。人並み以上の生活ができるように会社も大きくなった頃でもそれは変わりませんでした。


三年前、既に調子の悪かったMacでのレコーディングを敢行し「そろそろHDの調子が危ないから買い換えたら?」という私のアドバイスも聞かず「いいや、まだ大丈夫」そう自分に言い聞かせるように首を立てに振らず、とうとう最後は録り終えたレコーディングデータを全て失う結果を招いたこともありました(汗)

そのときの本人の落ち込みようは、それはそれは見ていられないほど・・・。


「だけん、あの時、買い換えてからやろうよって言ったじゃない」そう思わず言いかけそうになるのですが、彼の気持ちを考えればとてもそんな台詞は言えません。

夫婦とはいえ、相手の傷が癒えるのを待つ日々だってあると思うのです。

その落ち込みをカバーすべく、極力明るく過ごせるようにと、子ども達と一緒にハーブ畑に出かけたり、イタリアンが好きだったから海がみえるイタリアンレストランまで足を伸ばしたり、これまたお風呂好きな人だったので、温泉行ったり・・・体は大きな人でしたが、私にしてみれば「ちょっと人生につまづいた息子」を慰める母親のような気持ちで接したように思います。


でもひとしきり落ち込んだあとに、意を決したようにぽつりと私に呟きました。「やっぱり買い換える」・・・と。私は心底ホッとしたことを思い出します。あれから数年。新しくしたMacでちゃんと仕上げた「空中再生」のCDは多くの人達の心を掴んでいます。


自宅リビングに置いてあるWindows PCのIEブラウザの「お気に入り」には「GIBSON」のビンテージギターとBoosey & HawkesZENITH Model 17というギターのオークションページが入ったまま。

このギターはPaul McCartneyが最も初期に使用した事で有名。そしてコレクター的な価値の高いモデルなのですが、きっと本人は欲しかったのでしょう。毎日毎日アクセスしては眺めていました。「いつかは欲しい」そう思っていたんでしょうけど。でも例によって私に「欲しい」とは言わないのです(笑)


主人は楽器を心から愛していた人でした。だから彼の撮影した楽器の写真には愛が溢れていて、それは心を打つ写真として皆さんに届けられていたと思うのです。

今思えば、手に入れて一度弾かせてやりたかったなあ・・・。

昨日は、20日の追悼コンサートに向けての練習日でした。ラストで全員で歌う「蒼茫」の練習もしました。

ベースの丹羽さん、パーカッションのトニーさん。
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ドラムの栗林さん。
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キーボードの今給黎さん。
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皆さんのご厚意、本当にありがとうございます。


「空中再生」の二作目のコンセプトは、プロデューサーでもありリーダーでもある亀山真吾が既に決めていた通り「ゆったりお昼寝のBGMになるような作風」でしたね?

一周忌までには仕上げて、貴方に届けられるよう準備します。ひとつひとつ・・・丁寧にね。


今頃彼は好きなギターを弾きながら、途中まで手がけていた曲の続きを作っては、楽しく歌って過ごしているように感じる春の週末です。

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衝動買い

最近、人の命が終わるときをテーマにした映画や本、番組が多いように感じる。気のせいかな?

シリーズ特集 再考・日本の家 ~第五弾~ 最後の"選択"墓・・・という特集番組では、昭和10年代から始まった家という単位の墓の問題点に焦点を当てていた。家を単位にし継承する墓を持ってしまうと、必ずいつかは無縁墓になるという話だった。

だから、夫婦で一緒にお墓を持って、それぞれの両親(両家)も一緒に納骨したり飼っていたペットの納骨も一緒にすることも良いのでは?という話だ。

子孫が途絶えた場合もだが、子孫が代々残ったとしても、墓の近くに住むとは限らない・・・ということは容易に想像できるのだが、結局誰もその場所を知らないままの家もあるというのだ。何十年かの間、誰も管理していない状況になれば自動的に一斉埋葬へと切り替えて、その墓地はまた売りに出すという話だった。


人の命の継承について、最近深く考えるようになった。そして家にとらわれない墓の在り方についても・・・


直木賞を受賞した「悼む人」を読んだ。この話は7年前に“悼む人”が作者の天童荒太さんに「降りてきた」ときに始まるのだが、全国の人が亡くなった場所を訪れて、悼むという行為を続けるために放浪している青年、坂築静人を中心に、生と死について深く考えさせられる作品だ。

「おくりびと」という映画も話題になっている。今の私には実際に「納棺」の儀式を目の前で見たばかりなのであまりにリアルなタイミングで、まだ見る勇気がない。一年後だったら見られるのかな?

さて、写真は先週衝動買いしてしまった洋服?
Huku

Fuku2_2


実はこれタオルなのです。

ひとつは洗面所に・・・
Hukuhannga

ひとつはキッチンに・・・
Fukuhanga

ブランド物には興味がない私。衝動買いも可愛いものか・・・こんな生活GOODSは夢があっていい!

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感謝の日々

人は一人で生まれて一人で死んでゆくもの。だけど、生きているうちは、一人では生きてゆけないもの。そう思います。

主人を失ってからの喪失感は、本当に深くて、一体このまま私はどこへ行くのだろう・・・などととりとめもない気持ちになることもあるけれど、あれから毎日毎日、多くの人達から、沢山の愛を贈られ続けています。

それは主人の両親、私の両親、子ども達、親戚の皆さん、友人、音楽仲間、社員、仕事関係の皆様、そしてクライアントのドクターの皆様からも・・・

F先生、そしてI先生、昨日お目にかかったクライアント先のドクターお二人。それぞれに、私の話をじっくり聞いてくださり、自分のことのように考えてくださり本当にありがとうございました。行ってよかったです!これからもどうぞ宜しくお願いします。

I先生は、私のためにipodを準備してくださっていました。数日前の私のブログをお読みになっていて、「息子さんに主人のipodを譲られたんでしょう?これはご主人のために・・・」そう言ってプレゼントしてくださいました。

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「For Miyuki」
そして主人のニックネームでもあるShinという名前を使って「For Shin」。


私と主人のためにそれぞれ選曲された楽曲も入れてくださって・・・。超多忙な診察と分娩との日々であることは百も承知。きっと寝ずにこの準備をしてくださったに違いありません。そのお姿を想像するだけで、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

先生の愛車の中には、「空中再生」のCDが!これが驚くほどいい音。「メンバーに聴かせた~い」・・・思わずそう叫びました!丁寧に作られたCDだから?故人の想いが一杯詰まったCDだから?とにかく茨城の地で聴く空中再生は素晴らしかった!


そしてその車のナビ画面には、見覚えのある映像が・・・そう「追悼DVD」がセットされているのです。先生は毎日私達の曲を聴いてくださり、ライブ映像を見て、追悼映像を見て涙してくださっているのかと思うと、胸が熱くなりました。

そうそう、ipodは早速、福岡に戻って仏前のipodドックにセットして、選曲していただいた曲を再生中。For Shinの一曲目は「Because」。次々に主人が好きだっただろうと思われる楽曲の数々がオンエアされてゆきます。

不思議なことに、遺影の写真も一緒に歌っているように見えたのです。本当にありがとうございました。
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2月からぼちぼちと再開した出張ではありますが、遠路はるばる出かけて行くには、ちょっと気力が・・・との懸念もどこへやら。やっぱり私は仕事が好きなんだなあ・・・そう実感します。仕事をするということ、イコール人と交わるということ。

どこへ行くにも自分を見守ってくれる存在の人は一緒に来てくれているようですし、色々な人との会話の中に、新しい発見もあります。


今日は、都内で某アーティストのAさんにもお目にかかって追悼コンサートのビデオレターの撮影も無事終了!

しかし、お預かりした新曲のプロモーション映像は、ご本人もおっしゃるようにまるで故人が私のために書いたような曲・・・あまりのタイミングにちょっと驚いたりするのでした。

いい追悼コンサートになりそうです・・・。

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東京の月

今日からまた東京です。正確には羽田から東京駅に移動し、更に新幹線に乗り換えて茨城県まで。

遠路はるばるの出張も、慣れていたつもりですが、荷物を持っての移動はさすがに堪えます。今回はクライアント先に甘えて、全て事前に送らせて頂きました。

ネットで見つけた銀座のホテル・・・アクセスが良く今後も愛用できそうな場所。

今日は最終の新幹線で戻ってここに宿泊。明日の朝は都内。しかも早い時間なのです。とあるアーティストに会いにゆきます。追悼コンサートでのビデオレターの撮影のため。

そのコンサートはもうすぐ。プログラムの一部変更がありました。それも良い方向での・・・。

言葉で伝えるのは難しい。気持ちを伝えるのはもっと難しい。そんなもどかしい時間をまるで主人がほどいてくれたかのような嬉しい出来事もありました。

正直に自分の気持ちを伝えること・・・それで嫌われてもいいじゃない。そう思っていてもやっぱり進めないときだってありますね。失うことが怖いからなんでしょう。でもちょっと苦しんだりしても雪解けしたあとは、清々しい気持ちになれることの方が多いから、やっぱり正直に生きていたほうがいいんですね、きっと。


満月です。まあるいお月様がにっこり笑ってくれてくれています。

「毎日、頑張ってるね。ちゃんと見てるよ」・・・と。

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お誕生日おめでとう

3月10日。

日付が変わりました。今日は娘の14回目の誕生日。

Nちゃんおめでとう。あの日から今日までよく頑張ったね。


父親に似て絵も上手く、冬休みの絵画コンクールでは県大会入賞でしたね。


そしてこの春の作品展では、学校長からじきじきに賞状をいただくコンテスト優勝。

やったね!


音楽の才能も、やっぱり父親譲り。のびのびした歌声で、ミュージカルの主役オーディションにも合格しましたね。


貴女のパパはきっと一緒に喜んでくれていると思いますよ。


どんな時も父親に寄り添い甘えてパパっ子だった貴女は、今どんな気持ちで毎日を過ごしているのかママには想像がつきません。


私の前ではあの葬儀以来、一度も涙を見せてないけど、おばあちゃんの前では何度も泣いていたこと、ママは知っています。


ベッドの枕が濡れていたことも何度もあったよね。


私に、もっと甘えて欲しいのにそうしないのは、貴女の私に対する優しさなんですね。

「ママには仕事もあるし、私たちを学校に行かせるのに精一杯なんだから、家では我慢せずもっと泣いていいんだよ」


そう言ってくれましたね。


弟の面倒をよく見てくれて、淋しがらないようにお姉ちゃんとしてフォローしてくれてますね。

ありがとう!


「パパが死んでママは毎日大変なんよ。私たちが出来ることは自分で何でもしようね。」そう彼に言い聞かせてくれていたことも知っています。


あれから君たちは、食事が終わると食器を片付け、洗い物や料理もするようになりました。

身長もぐんぐん伸びていつの間にか私を抜きましたね。


父親を亡くして初めての誕生日。貴女はどんな気持ちで迎えていますか?


今宵パパの分まで大きな声で歌いましょう!
Happy Birthday!

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写真選び

追悼コンサートに向けて、会場の設営などのプランニングが進んでいます。


等身大の写真パネルを作ろうかと考えてみたものの、終わってからどこに置くか?と悩み、これはボツ。


風船をディスプレイに使ってみようかと考えてみたものの、機材が多くてきっと足元で邪魔になって歩けないかも?と悩み、これもボツ。


最後の歌は、彼の最期を看取ってくれた人達と一緒にコーラスをして一体になりたいと思ってみたものの、その歌のバックで写真をスライドショー的に映したいと思いますが、その写真選びに時間がかかります。何故かというと、一枚一枚の写真をみるのが、とてもとても辛い作業だからです。

もうこの世にいなくなった人の面影を写真の中に見ることは、二度と会えない哀しさとの戦いでもあります。事務的に探せるほどまだまだクールにはなれないものです。


「世の中には色々な夫婦の形態がありますよね」・・・今日受け取った一通のメールに書いてありました。その通りかもしれません。主人は幸せだったんでしょうか?少なくとも私は幸せでした。


偶然今日の夕方、6年前に突然ご主人を亡くしたYさんが訪ねて来られました。ご主人はまだまだ若く40そこそこの年齢だったと思います。

「私はグリーフワークに失敗して、まだ自分との葛藤のさなかにいます」とおっしゃり、私の顔を見て涙ぐまれました。思わず彼女の手を握り締めました。同じ経験をした者同士の辛さや悲しさを共有する時間でした。6年の歳月が彼女をどう変えたのか?全てを受け入れたかのような笑顔が素敵な人でした。6年経てば私も悟って生きてゆけるのでしょうか?

写真を探していて見つけた笑顔の写真。「ブログに自分の写真を出すのはちょっと」・・・と、生前言っていた人でしたが、一枚位いいですよね?

ある日のコンサートのワンショットです。貴重なツーショットの一枚です。

Img_7568_3


新しい一週間がまた始まりました。今週もおかげさまで多忙です。

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涙の月曜日

日曜日は、最近入塾した「某・農楽校」の有機農業教室でした。

土作りは有機栽培には何より大切と・・・畝を作り、肥料をまいて、前回のじゃがいもに続いてほうれん草の種まき。息子と二人で参加してきました。

土を素手で触ると癒されます。そして風の心地よさと自然の中での息子とのふれあい。今の私には本当に貴重な時間でした。紹介してくれたYちゃんありがとう!ご主人のTさん、女手で作る畑を手伝ってくださって本当にありがとう!


夜は自宅近くの家庭的な中華料理屋さん「直家」へ・・・。娘と息子と私の3人で。

Naoyakanban

Naoya

以前は4人家族でよく通ったお店です。主人のお気に入りの店でした。4人用テーブルに一人欠けている風景を見て、胸にグッとくるものがありました。


途中、息子が「パパはお姉ちゃんの横に座ってビール飲んでるよ」と言い始め、父親が好きだったメニューを注文しました。彼の中では父親は今も生きているのだと思えば、また胸が熱くなり、店内の風景が涙でにじむのでした。

日々、多くの方とお話をする機会があります。それは、クライアントだったり、社員だったり、友達だったり、音楽仲間だったり・・・その度に自分の想いを相手に伝えることの難しさを感じます。

「万人に好かれなくてもいい。わかってくれる人だけ解ってくれればそれで良い」そう思って生きてきたはずなのに、それは主人がいたから出来たことなのだと今、つくづく実感しています。

言いすぎた私を叱ってくれたり、伝わらないもどかしさをフォローしてくれたり、励ましたり慰めたりしてくれた主人を失った今、その支えが無くなったことで心が揺れる日があります。今日はそんな日なのかもしれません。


どれほど私にとって大きな大きな存在であったか、どれほど拙く人として未熟な私を支えてくれていたか、そのひと言ひと言のアドバイスが、そのひとつひとつの主人の大きな愛が、私の全てだったのかもしれません。


こんなナーバスな日もあるのでしょう・・・朝から涙が止まらないなんだかとっても心細く、哀しい月曜の朝です。

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多忙な週末

大忙しの土曜日が終わろうとしています。

朝は6時に起床。登校する娘を見送り、急ぎ着替えて息子と外出。
所用をひとつ二つと済ませて、塾へ送る。
母を迎えに行って、これまた所用をひとつ二つ済ませて、息子をピックアップ。
母と3人で外で麺類昼食を急ぎ済ませて急~いで、次の打ち合わせ場所へ。
車で母と息子を待機させ、打ち合わせを二件済ませて急~いで自宅へ!

ああ、目まぐるしいスケジュール(汗)

サックスプレーヤーのNさんとトランペットプレーヤーのNさんが久しぶりに我が家に来られた。主人の仏前で焼香されてから、しばし昔話を・・・。

その後、追悼コンサート実行委員会の皆さんが集合し、総勢8名で当日の進行打ち合わせと演出の確認。

「温かい素晴らしいコンサートになりますねえ」・・・スタッフの皆さんに共通する想いはひとつ。

大きなイベントを開催する時は、裏方がとっても大事です。その人材配置で全てが決まると言っても過言ではありません。PA、照明、映像、進行補助、受付、座席案内、ステージ装飾、司会者、陰ナレーション・・・細かい配慮が必要です。総勢23名のスタッフの皆さんが各自の持ち場をスムーズに進めてゆくことがイメージの実現に近づけてくれます。本当にありがとう。


明日は午前中は畑・・・。この春から農業教室に入塾すると決めて、10坪の畑も借りたのだが、なかなか日曜が空かない。それでも仲間の皆さんと交代で出席してでもなんとか収穫するぞ~と意気込みだけは一人前なのです。

あっ!結局多忙すぎて、今日の予定のひとつだった長靴購入は出来ませんでした(汗)あらら。

まっ、裸足も悪くないか・・・。

そうさっさと諦めてネットで長靴を注文する私。切替の早さも生きてゆくには必要だと言い聞かせる週末でした。

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千客万来

今日は朝から千客万来!

一緒に音楽活動しているTちゃん。桜餅ありがとう!

アマチュアカメラマンのYさん。二科展入賞おめでとう!

追悼コンサートの実行委員長のK君。細かい配慮までご苦労さま!

弊社統括部長のA君、プライベートなことまでの細かい配慮に感謝します!

某有名百貨店の外商のIさん、いつも急な要望に応えてくださり助かります!

親友のご主人でもあるQ大教授のT先生、優しく家族をフォローしてくださり嬉しいです!

亡き主人の大学卒業後初の就職先だった同僚のY先生、千葉からの弔問ありがとうございます!

早いものでもう明日は土曜日。一週間の早いこと。

明日も明後日も打合せが沢山控えています。分刻みとまではいかないまでも三十分刻み。

用件が多いことは幸せなことだと思っています。毎日多くの人とお目にかかれる幸せを感じつつ・・・

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雪の東京

3月3日は百ヶ日法要の日でした。

朝から祭壇の主人の写真に「今日で100日経ったね。」そう語りかけ、急ぎ東京行きの準備。午後の便で羽田に到着。

空港から高校の卒業式だとかで中学部は休校だった娘に電話をする。

「今日、お父さんの百ヶ日法要の日だから、お経をあげておいてくれる?」
「うん、わかった!」
明るく返事をしてくれたものの、立ち会えず少々後ろ髪を引かれる思い。

東京は異常に寒かった・・・コートは着て行ったものの、冬将軍到来の様相。吐く息も真っ白。とても外に出られない寒さ。折角銀座のホテルにしたのにウインドーショッピングもままならず、結局ルームサービスで一人寂しくパスタを食べたのでした。


民主党の小沢党首の動向も気になりながら、部屋を見渡すとこんなものが・・・

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ピラミッド型のこのオブジェのような電化製品はアロマ芳香用のものらしい。カードキーホルダーに入っていたこのカードをセットするらしい。

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数十秒後漂ってきました。お決まりのラベンダーの香りが・・・女性に優しい仕様のホテル増えてきましたね。


さて、外は雪・・・

翌日4日は鹿島まで高速バスで二時間。到着後、最寄のバス停から病院までの距離は500メートルそこそこ。刺すように痛い冷たい向かい風に吹かれ手の感覚が無くなるほどの寒さの中「今頃社員たちは暖房が効いた部屋で過ごしているんだろうなあ・・私、頑張ってるよなあ・・・」と自分を励ましながら寒さに耐えて歩いた。気温は1℃。

クライアントのドクターにお目にかかり近況報告と商談を・・・ドクターにお目にかかれば当然、主人の死因について話すことになる。

「僕もその時が来たらその死に方がいい」やっぱり一瞬で楽に逝けるとの認識でH先生もそうおっしゃった。その言葉を聞くといつも救われるような気持ちになる。


打合せの後、また東京まで高速バスで二時間。途中スピリチュアルな力を持っているらしい知人から一通のメールが届いた。「真吾さんが夢に出てきました。何故か上半身はだか。胸にアザがありました。そして宇宙についてデザインについてどこかの大学で講義をしていらっしゃいました。饒舌に語っていらして楽しそうでしたよ」・・・と。

胸のアザ・・・死因は上行大動脈解離だったので、心臓の近くの血管が破裂し相当量の血液が体に流れ出たはず。確かに胸には内出血のアザのようになっていたのかもしれない。

「糖尿病もなく高血圧でもなかったのならば、先天的に動脈の血管がもろかったという原因も考えられます」

生まれつき血管が弱かったのかもしれない・・・そう医者に説明を受けたことを思い出し、主人の血をひく子ども達は大丈夫だろうか?と、ふと不安になった。


やっと百日。まだ百日。

飛行機にも一人で乗ってます。高速バスにも一人で乗ってます。ホテルにも一人で泊まってます。

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レコーディング二日目

3月2日。レコーディング二日目のレポートです。

ピアノ、ドラム、パーカッション、ベース、ギター・・・出来るだけ同時に演奏した音を別のトラックに録音する方法を取りながら、温かい時間が流れてゆきました。

全10曲のオケ録音終了です!


まさか二日間で全曲(10曲)録り終えるなんて、驚き。それほどミュージシャンの腕がいいと言いますか、ミスがないからこそのスムーズな生録音でした。プロだったら誰でもうまくいくとは限りません。その演奏そのものに深い想いがあるからこそ・・・聴いた人は感動するのだと思います。


Symphoniaのスタジオは、仕事柄、呼吸法の録音をするために使うことも多いのですが、完全防音なので歌の練習やドラムの練習。バンドの練習・・・も時間を気にせず出来ます。

でも元々は、ボーカリストとしても一流だった主人の声があまりに大きいので、その声量を余すところなく心置きなく歌える環境を持たせてやりたい・・・そんな理由でこのスタジオが完成したのでした。

その後、このスタジオから生まれた数々の音楽たちは、色々なシーンで活躍してくれています。そして今日も明日も愛を届けてくれています。


何故?・・・・その答えは「沢山売って儲かろうと考えてないから」に尽きるような気がします。欲がないと言われればそうなのかもしれません。でも音楽を純粋に生み出す時にはお金の計算はしませんし、結果的にはスポットライトを浴びてメジャーになる自分をイメージして作ってない作品の方が長く永く人の心に広がってゆくような気がします。たとえその一瞬はミリオンセラーになろうとも・・・。だからこそ「売れる作品」を作り続けなければならないプロアーティストの皆さんのご苦労がしのばれます。


私たちの作品の中には毎月毎月、300枚、500枚、1000枚・・・と私たちの手元を旅立ってゆくロングセラーCDがあります。14年前に完成したこのCD・・・もう何回いや何十回リピートプレスしたでしょうか?そして何万枚リリースされたでしょうか?これからもこのスタジオは、そんなロングセラーCDが生まれる場所であって欲しいと願っています。


今回の追悼アルバムは、亡き主人のための「トリビュートアルバム」になります。バンド名は私が命名させて頂きました。天国の主人からのメッセージを音楽で伝達する・・・という意味で「Translators」

歌詞は私が書いて、ただいま英訳中です。(私、日本語で書いたため)ただ英語にするだけでは、メロディに乗らないため、ボーカリストでもアレンジャーでもあるアメリカ人アーティストに依頼させて頂きました。


6月14日にはニューコンボで、「空中再生」と「Translators」のジョイントライブを開催します!二回入れ替え公演で各回50名様。フライヤーなど告知ツールはこれから準備します・・・が、きっとその前にソルドアウトの予感(汗)


太宰府にある「JAZZ工房Nishimura」さんでも同じ顔合わせでぜひやりたいと思っています!こちらのブッキングはこれから・・・。

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真夜中のレコーディング

春の足音が近づいてきた今日この頃。3月は私と娘の誕生月。少しづつ楽しいことも考えたりしながら毎日を過ごしています。

昨日の夕方から始まった、主人への追悼アルバムの録音が始まっています。全曲オリジナル。福岡では名だたるプロミュージシャンが集まっての我が家でのレコーディングです。

まずは皆さん仏前で焼香をして、一曲づつに思いを馳せてキャンパスに絵を描くように演奏してゆかれます。このトリビュートアルバムは私のプロデュース作品とさせて頂くことになったので、我がまま放題贅沢にアレンジや演奏に注文をつけさせて頂いています。アルバムの最終的な仕上がりをイメージして録音を進めてゆくのですが、スタジオの中は一体感があり、久しぶりに「音楽」と向き合う心地よい時間を味わっています。


ギターの内山覚さん。米バークリー音大で学び、現在では福岡とニューヨークを行き来しつつ多方面で幅広く活躍されている。

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ベースの丹羽肇さん。こちらも安定した実力のベーシスト。普段はウッドベースを弾くことが多い彼だが、折角Sさんの追悼アルバムだから・・・と、8Beatの一曲はポールマッカトニー愛用のベースで録音。そして写真のベースはレコーディングでは初使用だとか。

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そしてピアノの立花洋一さん。大晦日に作曲した主人への追悼曲の数々が、今日こうして形を織り成していきます。

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ドラムの栗林さんと立花さん。

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これに尺八のKさん、サックスのIさん、そしてボーカルやコーラスが加わっての仕上げとなる予定。楽しみは沢山あるほうがいいですね・・・。

明日もレコーディングの続きをやります!音楽にどっぷり浸れる幸せな週末でした。

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14歳はもう大人?

週末の土曜から娘の同級生が3人泊まりに来た。

中2の彼女たちは、明るくはつらつとし年の割にはまあまあ礼儀も正しい。体は娘も含め全員私よりはるかに大きく、大人が大勢いるような我が家・・・4人のお嬢様たちと我が家のお坊ちゃまは合宿さながら。まるで私は何もしない寮母さん??


夕べはミュージカルのオーディション合格祝いと、友人のYちゃんと娘の誕生会を兼ねて愛用の隠れ家レストランに食事に出かけた。そこにも娘のその同級生お嬢様方も同席。

総勢10名!賑やかなお祝いの席。

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土曜の午前中から日曜の15時まで滞在していた彼女らは身の回りのことはもちろん、料理も台所の片付けも洗濯物の取り込み、新聞の片付けまで我が家のことを全てやって行った。彼女らの滞在中私がキッチンに立つことは一度もなく、私の飲み物すら冷蔵庫から出して提供してくれおしぼりも出してくれた(笑)、布団の片付けも部屋の掃除もお風呂の掃除も全部自分たちでやって行った。賑やかに使った洗面所もヘアブラシも髪の毛一本残さずきれいに掃除してある。

だからいつもよりとっても家もきれいにキープできているし、家事を全くしなくて良い楽な週末を過ごすことが出来た。


滞在中はスタジオでバンドの真似事をしたり、歌の練習をしたり、ゲームをしたりおしゃべりしたり、それは楽しそうに過ごしていた。それも一つ一つ片付けながら次のことをし、勉強時間もちゃんと確保し寝る前の遅い時間に静かに4人とも自己学習に勤しむ姿を見て「今日はもう勉強しなくても良いんじゃない?」といらぬひと言を言ってしまったものの「いえ、習慣ですから毎日少しづつやっておかないと後で大変になるのは自分ですから」と、ニッコリ返された。


私は4人の14歳を前に「貴女たちは将来はどんな人になりたいのかなあ?」と聞いてみた。

「職業の希望はありますが、今は希望する大学に入るため勉強することが大事なのでクラブとの両立を図っています。」

「私は○○を目指しているので、大学の選択も○○を考えています。姉妹が多いので両親の経済的な負担を減らすため国立大学に行こうと思っています。」

「私は英語を生かした仕事をしたいので、留学経験を積みながら積極的に英語を使う場面に参加したいです。」

「私は、両親とも働いているので、家事を積極的に手伝って母の負担を軽くしています。時間の使い方はうまくなりました。大学は祖母が関西にいるので関関同立のいづれかを目指しています。」

などと驚くほどしっかりとした考えを持っていて一人づつちゃんと私の目を見て答えてくれた。敬語もちゃんと使えるし「夕べのお料理、素晴らしく美味しかったです。あんなに幸せな時間はなかなか日常ではありませんから嬉しかったです。ありがとうございました!」と笑顔できちんと並んでお辞儀と共に挨拶され、彼女達の通う学校教育の影響なのかご家庭の教育の賜物なのか・・・ちょっと感動した。


私の14歳の時はどうだっただろうか?音楽大学に行く目標ははっきり立てていたかもしれない。そして家事も手伝っていたような気がする。母が遅いときは夕食も作っていたように思う。でも、敬語って使えたかなあ?友達の家に行ってこんなにきれいに片付けてたかなあ?

子どもは親が思うほど子どもではないのかもしれない。14歳はもう大人に近いのかもしれません。

今日は午後から、主人のためのトリビュートアルバムの録音のため我が家にプレイヤー達が集まってます。スタジオには深夜まで哀悼の音が鳴り響くのでしょう。

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